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書の作品を審査していると、折角のすばらしい労作が落款の用語に問題があったり、落款が文にくらべて見劣りしたりするために、人選や昇級・昇段を見送られる例が多い。本文が秀れたものであればあるほど、心が痛むのである。「落款で、その人の書歴や書の力がわかる」とまでいわれるものである。署名のみならず、落款用語の選び方・書き方、印の刻風、印泥の色にいたるまで、評価の対象となることはいうまでもありません。
本書は、条幅を中心に書き綴った、ごく初歩的な「落款の手引き」をまとめたものである。万全の内容とは程遠いが、落款の正しい用語と使い方、本文と落款、作品全体のバランスと調和美をテーマにしたもので、出来るだけ作品を多く挿入し、落款の例も簡単にして、初心者にも容易に理解できるように工夫した。(本体1,700円)
落款とは、筆者の姓名、雅号を署し、印を捺して、その作品の完成を示すものである。さらに年月日、書いた場所、書いた目的、内容などを書き加えることがあり、また書いたときの心境や状況、季節などを入れることもある。印は姓名印、名印、雅号印などの署名印を捺すが、引首印、斎・堂・館・閣印、遊印などを捺すこともある。落款には、とくにきまった書式というものはないが、完全な形の落款とは、 ①いつ(年月日、季節)、②なにを(内容)、③どこで(場所)、④なぜ(書いた目的)、⑤誰が(筆者の姓名、字号)の五つの条件を満たし、捺印されたものとされている。しかし実際には、作品の形や大きさ、本文の字数や内容、余白の状態などによって変わってくるので、五つの条件をすべて書きいれるということは少ない。
ちなみに落款は「落成款識識」の略で、この款識は『漢書』(郊祀志) の顔師古(唐)の注に「款は刻なり、識は記なり」とあるように刻記を指し、また金石文字の陰刻(凹)を款、陽刻(凸)を識ということなどから転じて、書画における署名・捺印ほかを落款と呼ぶようになったものである。
書の作品は、本文はもとよりであるが、落款の書き方(印の形、位置、印泥の色を含めて)もその価値を左右することになる。落款は付加的なものではなく、作品の一部だからである。加えて款識の内容は、筆者の素養・人となりを想像させ、作品を雅趣深いものに感じさせてくれる。 落款の書き方で書者の書歴や力量がわかるとまでいわれるが、本文と同じように落款についても研究、工夫、練習を重ねることが大切なのである。
わが手と同様に動き働いてくれる和製の飛びきり上質の筆毫で、気前よく第一画を打ち込み、興の趣くままに書いた。
下の小さい印は不要であったかもしれない……。