書道教室 一般社団法人日本書法院

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墨色の美しさと用具

  書を学ぶ人は、筆を持ち、紙面に対すると、どんなときでも適度の緊張感とともに、その人なりの書く姿勢ができあがるであろう。日頃、書の練習をするときでも、作品を書くときでも変わることはない。私はあまり用具に凝ることはないが、できるだけ澄んだ気持ち、安定した精神状態で筆を執りたいので、墨や硯、筆、紙などの用具は良質のもので、自分が気に入ったものをいくつか用意し、目的に応じて使い分けている。ちろん、書道具店や仲間の新しい用具情報には真剣に耳を傾け、足を運ぶことにしている。

  書は、文字やことばが内包するさまざまな世界を、筆、紙、硯、墨という用具を使い、書法に従って自分らしく表現する技法である。用具の大切さはいうに及ばずである。皆さんが基礎段階を終えて、一定の技能を修得するころになると、よい作品を書くには、これらの用具はともにバランスよく、いわゆる「よいもの」を使う必要性がわかってくる。よいものとは、その人、その人の技量や感性、書く内容によって異なるが、墨色がよく出るもの、書きやすいもの、表現しやすいもののことである。

  さらに書は、墨一色のさまざまな変化で、文字や構成の美しさ、ことばの味わいを表現するものである。書の美しさ、品位は、よい墨色が条件になる。私たちは、よい墨色を生みだす墨、硯、紙、筆などの用具の質や微妙な相互関係を注意深く見極めておかねばならない。墨色というものは、墨の質、硯、筆や紙などの用具によって微妙に表情を変え、それぞれの用具間の相性によっても表情が変わるものである。実際に、墨色は筆の種類や運筆の速度、筆圧にも大きく影響されるし、気温(特に磨墨は18℃以上で)や湿度によっても微妙に変化する。   良い墨を、良い硯で、正しく磨ることに よって、よい墨色(発墨)を得ることができる。     墨は煤煙、膠と麝香などの香料をよく練り合わせて作られるのである。発墨とは、墨液が発色することで、磨墨によって膠のうすい膜でつつまれた煤煙の粒子(炭素粒子)が水中に拡散するが、粒子は磨墨時の摩擦でおきた陰電気を帯び、硯水の中でお互いに反発し合って、均等に溶け込んでいく(ブラウン運動)状態をいう。したがってよい墨色を得るには、膠を含めた墨の質がよいこと、硯の鋒鋩の状態が細かく均等なうえに強いこと、そして墨を磨る技量に長けていること、この三つの条件が必要である。                                                                  発墨がよければ墨ののびもよくなり、紙の繊維へめ浸透もよくなるから、書の線や惨みが美しく見えるうえ、墨色も冴えたものになる。硯の墨池に下した墨液の表面が、きめ細かくて青紫色のように輝いたり、深みのある黒色になると、大体よい墨色を得たといってよいだろう。また紙に試し書きをして、よく乾かしてから墨色を見ると、その良し悪しと発墨の状態を正しく見極めることができよう。(本体1,500円)

 

  蘭の花と茎をどう表現しようかと、松煙墨の「水霊」と超長鋒の筆を使って、墨色を工夫しながら何枚も何枚も書いた。たくさんの中から選んだのがこの作である。

 

浄蓮

  やはり松煙墨に超長鋒の筆を用い、紙は爽宣を選んだ。                                       蓮の花は泥土の中から生まれ出た仏を象徴する花という強い印象があるので、真心を込めて表現したつもりである。

無邊

  爽宣紙、羊毫三号筆を私なりに特殊加工した筆。広大無辺ということばを意識して書いたもの。

  墨色とのバランスを考えながら強烈な筆致で仕上げた。